事務局長より~日日新(PROGRESS)~
心の声
暮れ残る西空に鳥たちは小さな黒い影となり、やがて茜雲へと吸い込まれていく。髪つややかな黒目のきれいな女の子。左右にくくられたカーテンに小さくつぶやく。「また一緒にしてあげるからね」
「先生今日はこれ」添い寝をしながら彼女のお気に入りを読み聞かせ。嬉しそうにページをめくっていたが、物語の半ばには目を閉じ規則正しく穏やかな息。汗ばむ額に張り付いた髪の毛。人差し指でそっとなおし、蛍光灯のひもを2回引く。カーテンの隙間から漏れた月あかりが布団を細く照らしている。足音しずかに部屋を出て、後ろ手にドアを滑らせ隣の部屋へ。廊下の非常口がたよりなく明滅し、数匹の蛾が緑のプレートにうち当たりながら鱗粉をまき散らしている。そのきらめきに紛れて、たった今閉めたばかりのドアから漏れてくるもの。虫の音よりもさらにか細く、夜空に消え入るようなすすり泣く声。
杉木立を透けた光が帯をなし、鐘をたたくように響く蜩の声。鉄塔に刺されて流す空のうそ涙。少しばかりの余白を残し山かげに夕日が落ちてゆく。子どもたちとの生活から離れて久しい。蘇るのは、カーテンに話し掛けた言葉と月明かりに消えたすすり泣き。蛍光灯のひもが揺れるその下で、かの黒きまなざしはどんな思いを巡らせていたのだろう。改めて子どもが施設で暮らすということに思いが及ぶ。
職員として大人として、施設で暮らす子どもが放つ言葉や行為の意味を見逃さずに寄り添うことが出来たのだろうか。自問だけが続く。愛されるに値しない自分、信じるに値しない他人、傷ついた子どもは己を無にも透明にもしてしまうのか。切れかけた非常灯のように、そして夜の向日葵のように悲しく切ない子どもの想いは、青空の後ろに静かに隠れている。様々な状況にある子どもの届かない思いや願いに心を寄せることの大切さが、「こどもまんなか社会」の実現に向けた基本方針にも示されている。夜は無口で寂しがり屋。そんな子どもたちに私ができるのは、虚心で無条件の価値付与を行うことに尽きるのかもしれない。
血のにじむ拳をそっと舐めくれし猫の背なかは日なたの匂い
法人事務局長 斑目 宏